すべてが今になる
先発・石田健大が見たい。
そう思い始めたのはいつからだろう。
言葉にしようと決めたのは5月の頭だったけれど、気持ちはもっとずっと前からあったような気がする。
「石田は中継ぎの方が向いてる」とか「ファンが何でそんなに先発にこだわるんだ」っていう人もいた。そういう人たちの意見を目にすると、自分は間違ってるんじゃないか、身勝手なファンなんじゃないか、という気持ちになってしまうことも、正直何度もあった。
それでも私は先発・石田健大が見たかった。
石田が"先発をやりたい"と言っていたから。
実際のところ、ただそれだけのことだったのだと思う。
やりたいことをやりたいと言うのは、簡単なようで難しい。自分のやりたいことが何なのか分からない人、やりたいことを諦めた人、あるいはやりたいことと向いていることが違う人。世の中はそんな人だらけだ。
石田にだって別の選択肢があったかも知れない。中継ぎが向いているのではないかと言われ、そう言われるだけの成績を残しているのなら、先発への想いを捨てて中継ぎに転向するという道を選び取ろうと思えばできたはずだ。実際、チーム内にはルーキーから守護神として活躍する同期の山﨑、「球界一のリリーバーになりたい」と中継ぎに活路を見出だした砂田、リリーフに転向したことで見事な復活を果たした三嶋、国吉のような選手もいるのだから。
でも、石田はそれをしなかった。
中継ぎというポジションを与えられてなお、先発への熱を静かに燃やし続けた。
私はそこに人間・石田健大を見た気がした。
強い人だ、と思った。
プロ野球は夢のある世界だけれど、結果を残さなければ生きていけない厳しさもある。
そういう世界で自分が選んだ道を進みたいと言えるのは、そう言えるだけの覚悟があるのだろう。
ならば、見届けたい。石田の望む未来を、この目で見てみたい。
大袈裟かも知れないけれど、こうして"先発・石田健大"は私の夢になった。
あるいは、叶わなかった自分の夢をどこかで石田に託していたのかも知れない。
「なんでもいいから1つだけ1番になれることを見つけてください」
プロ入りが決まったとき、石田は母校の小学校でこう語ったという。
真っ白な輝かしい未来が待ち受けている子どもたちに向けられた言葉は、大人になってしまった今の私にとってあまりにも重たく、鉛のように胸の奥に沈んでいった。1番になれることなんて私には何ひとつ無いから。
だからせめて、石田に夢を見たいと思った。
石田の中の"1番"は、たぶん先発で輝くこと。
そのために石田はどんな進化を遂げるのだろう。
・ベース盤の上で伸びる球の習得
・スライダーの使い方
・新たな武器としてのカーブ
DeNA山﨑・石田・三嶋・熊原が自主トレ開始。今季の意気込み一問一答 | ニコニコニュース
DeNA 石田、4回6安打2失点に反省…降板後はブルペンで投げ込み― スポニチ Sponichi Annex 野球
DeNA石田「必要」球速差50キロのカーブに光明 - プロ野球 : 日刊スポーツ
シーズン前に取り組んでいた課題はこんなところだった。
ストレートに関しては「球は速くなっても打たれる球は打たれますし、そのためには何がいるのかを考えると、コントロールやバッターの手元で伸びる球が必要だと思う。」との発言があったので、今年はあまりスピードにはこだわらないのかな、と思っていた。
実際、怪我が治り中継ぎとして一軍に復帰してからも、しばらくは昨年と異なり150キロを超えることはなかった。
だから、6月19日の石田には本当に驚かされた。
150キロを超えるストレートで面白いように空振りを奪っていく姿に、全身の血が沸き立った。ゾクゾクした。
明らかにその日の石田は何かが違っていた。
その「何か」の答えは、後にFORREALで明かされることとなる。
石田はこの日、これまでにない手応えを感じていたという。
「いい攻めはできていたと思います。インコースを突けなかったことや、スライダーの前のボールで決着をつけられなかったことは、打たれてから見えてきた課題でもある。1点は取られてしまいましたけど、一球一球、しっかり考えながら投げることができた対戦だったのかなとは思います」
木塚コーチの目にもそれは明らかだった。
「(ストレートに)いままで見たことがないような強さがあった。それに、意思がこもったボールだったように、ぼくには感じられた。ひいき目もあるのかもしれないけど、本当に魂がこもっていたと思う。」
「ピンチを抑えたからじゃなくて。狙って三振が取れた、意思を込めた1球で自分が考えるアウトの取り方ができたからこそ(グラブを叩くしぐさが)出るんだと思う。あれはもう、ぼくもゾクゾクっとする。ああいうのを見ると(中継ぎをやって)マイナスじゃなかったなっていうのはすごく感じますね」
「背番号14が立つべき場所は。」「FOR REAL-in progress-」 | 横浜DeNAベイスターズ
"意思がこもったボール"。
これが、「何か」の正体なのだと思う。
7月に入ると石田は2日、4日と二度もヒーローに輝く。特に4日は3イニング無失点の好投を魅せ、先発復帰への足掛かりを作った。
そして、7月19日午後5時15分。
石田が先発に復帰する。
10日に抹消された時点で分かっていたはずだった。だが人間とは不思議なもので、現実が近づくにつれその大きさを受け止めることができなくなっていた。
嬉しい。でも怖い。
夢が叶うとは、そういうことなのだろう。
私にも将来の夢みたいなものを抱いていた頃があった。でもそれは経済的に不安定であるとか、安定した職業に就いてからでも遅くない、といった理由で周囲に反対されてしまった。周囲の反対を押しきれるほど私は強い人間ではなかったし、結局のところそこまでの夢でもなかったのだと今となっては思う。
それ以来は自分にあまり期待していないし、何かを強く望んだこともなかった。
だから、石田の先発復帰に懸ける想いは本当に特別だった。
本当に気持ち悪いな、と自分でも思う。
だけど、何かを望んで、それが叶うとき、どんな気持ちになるのか知りたかった。
一瞬たりとも見逃したくなかった。
そんな重すぎる感情を抱いた私とは反対に、試合前の石田の表情はとても穏やかだった。
久々の先発のマウンドを楽しもうとしている、そんなふうにも見えた。
私も次第にワクワクしてきた。
先発復帰のマウンドで石田は、どんなピッチングを魅せてくれるのだろう。
期待通り、いや、それ以上に、石田はあまりにも良かった。
初回からストレートは150キロを超え、変化球にはキレがあった。
3イニングを完璧に抑えた石田は、星みたいだった。
命を燃やしながら、明るく大きく輝く星。
苦しんだ過去も、中継ぎの経験も、全てをエネルギーにして燃やしているようだった。
そんな感想を持ったのは登場曲の歌詞に影響されたところもあるかも知れない。
“Tonight,
we are young
So let’s set the world on fire
We can burn brighter than the sun”We Are Young (Fun ft.Janelle Monae)より
後から石田が「いつ、つぶれてもいいと思っていた」という記事を読んで、納得した。
DeNA石田463日ぶり先発白星…いつもと違う - プロ野球 : 日刊スポーツ
このまま燃え尽きてしまうのではないかと思わせるような、命を削っているかのような、そんなピッチングに思えた。
「終盤の1アウト、ランナーがいるところでの1アウトが難しい。1球に対して意思を持ちなさい。どういうアウトを取るのか、どういう空振りを取るのか、どういうファウルを取るのか。先発の時の倍、3倍、球に意思を込めなさい。それが絶対に、お前の財産になるから」
という木塚コーチの言葉をふと思い出した。
意思のこもった、魂のこもったボール。
命を削っているように感じられたのは一球一球に魂がこもっていたからなのかも知れない。
「リリーフでは1イニング、1人に投げるために毎日調整し、全球全力で投げていた。(先発のとき)そういう気持ちがなかった。初回から最後まで全力で腕を振って投げていけたらいいかなと思います」
中継ぎの経験が、バッターとの向き合い方、アウトの取り方を見つめ直すきっかけとなって、意思のあるボールという大きな財産を石田に与えてくれたのだ。
元を辿れば、昨年の不調が無かったら石田が中継ぎにまわることも無かったかも知れない。
中継ぎの経験が無ければ、意思のあるボールを投げることは出来なかったかも知れない。
そうやって、すべてが今の石田に繋がっているのだ。そのすべてを糧にして、いま石田は投げている。
5回表チェンジアップで藤井を空振り三振に打ち取ると、石田はウイング席上段からの肉眼でもはっきりと分かるほど、大きく強くグラブを叩いた。
その仕草こそ、意思のこもったボールを投げられた何よりの証拠なのだと思う。
だから、本当に勝って良かった。
抑えの山﨑が最後のバッターを打ち取った瞬間、涙が溢れだした。
先発としては463日ぶりの勝利。ずっとこの日を待ち望んでいた。
「最高に嬉しいです」
その一言で充分だった。
石田を応援してきて良かった。
石田に夢を見て良かった。
心の底からそう思えた。
そんな気持ちにさせてくれる野球選手に出会えて、私は本当に幸せだと思う。
石田ありがとう。
これからもずっと応援しています。